めんどくさい話をしたらほんとにめんどくさくて、いやになったけどそんな話を聞いてくれた人のほうがめんどくさいだろうし、今目の前にはまだ、ないけど、じわじわ侵食してるから早めにとりかかったほうがいい。わかっているのにやらないのはただのオバカだからどぅにかやろうと思った。なんでそんな話出たのか話したのかわからないけど、まぁそんな感じ。どこから手をつけるか、わかるようになるからそのうち。その「そのうち」があたしを侵食する前に見極めよぅ。目は前をについているから。M、今日はどぅもありがとぅ。いつも何かをくれる。そぅいぅ人をわたしはなりたい。Mにはなにもない。何も期待しなくていい。何か話さなくてもいい。でも共通の何かがあってことある事に遊んでくれて、いつもワガママなのは自分のほうなのに許してくれます。なんのメリットもない。でもデメリットもなくて、そこが重要。どぅでもよくてそれが気持ちいい。楽。そういう関係はかなり緩くて危ういんだけれど形があるよりも壊れにくくて、そんなフワフワした中にいるMの存在は揺るぎないものなのです。愛に情が入ると愛情になって、そこから人がぬけると青(ブルー)になるなんてわかっていることなのになんでかしら、繰り返すのは。人は学ぶのに繰り返す。歴史がそれと同じように。
わたしは踊るのが好きだ。人がいっぱいいて、ワサワサしてる中に入るのも好き。体を動かしていると体じゅうの細胞が生き返る。生きていると感じているアタマの中で、わたしは体を動かしている。